2019/3/10 イシキカイカク.com@line

 

おはようございます。

今日でパラオ研修も終わり、
夜には日本に向かいます。

今回のパラオ研修は想像以上に得るものが多くありました。

実を言うとパラオにきて一番体感したかったのは、ペリリュー島の戦跡でした。

先人たちがどんな場所でどうやって戦ったのかを知りたかったのです。

その目的は十分に果たせました。

 

しかし、それ以上にパラオで感じたのは
「ミニ日本」でした。


みんなが時間に追われていて、家族と暮らしているのに孤独を感じているお年寄り

若者がより良い収入を求めて、都会(=アメリカ)に出て行ってしまい、人材が国に残らない

残った数少ない若者たちもデスクワークに群がり、肉体労働はパキスタン人やフィリピン人に任せている現実

アメリカナイズされた教育で、パラオ人としてのアイデンティティ母語を失いつつあり、勤勉に働けない若者がたくさん生まれている現状

個人の自由が強調され、家族同士の絆を作る意味があった結婚が、個人のものとなり、離婚に歯止めがかからなくなった現状

増大するチャイナマネーに政治家が何人も買収されてしまった政治状況

 

学校の先生の
「いつかはパラオパラオ人で運営できるようになりたいという夢がある」
といったコメント


まるで他人事には思えない
パラオの今を見聞きし、
2万人しか人口のいないパラオ
これからはなかなか厳しいと感じました。


と同時に思い出したのは、
昨年訪問したブータンでの学びです。

ブータンのような小さな国が
西洋のルールに合わせても
国民を幸せにすることはできない

ブータンは無理にグローバル化せず、
独自の価値基準で、経済的繁栄の外に
国民の幸福を目指す」

この哲学は、
私には衝撃でした。


パラオブータンも日本から見れば、
1つの町にも満たない小さな国ですが、

国として、これからの世界の中でどう生きていくかを真剣に考えている人がちゃんといます。

日本は人口こそ多いものの
それを本気で考えている人はどれくらいいるでしょうか。

せっかくの数と力を有効に使えているでしょうか。

過去の成功にあぐらをかいていないでしょうか。

ただ、世の中の流れに任せて、経済活動をしているだけでは、考える機会が生まれないように思います。

 

学校やメディアも本質的な問題提起はしてくれません。


そんな中で、日本の在り方や将来ビジョンを考えるきっかけは、危機に直面するか、他と比較をすることしかないと思います。

海外に出た日本人が、日本の課題に気付くのは比較ができるからです。

今回もまたそんなことを考える
機会を得ることができました。

有り難い時間でした。

こうして回した思考を
よりたくさんの方に広げたい。

共感していただける方は、
それぞれができる形でいいので、
協力して下さい。