ラストエンペラー習近平 (文春新書 1320) | エドワード・ルトワック, 奥山 真司 |本 | 通販 | Amazon


ラストエンペラー習近平 (文春新書 1320) | エドワード・ルトワック, 奥山 真司 |本 | 通販 | Amazon

 

(アマゾンの書評)


5つ星のうち4.0
頷ける点は多々あれど、それが商売の学者の一説。海軍戦略については極論・暴論

2021年7月26日に日本でレビュー済み


理路整然としていて平易な言葉遣いなのでとても分かりやすい。
全方位強行外交=戦狼外交を繰り広げる習近平「皇帝陛下」の中国が、なぜそういう方針を採っているのか、諸外国がそれに対抗するにはどうすればいいのかが簡潔に述べられています。
曰く、歴史的に周辺に対等の国が無かったので、「国力に差はあれど形式上は対等」という外交の基本そのものを理解できない。
国民から民主的な手続きを経て選出されているわけではないので、常に共産党は強く正しいと国民に見せ続ける必要があり、ゆえに諸外国を力と金で屈服させようとしている。
諸外国が中国に対抗するには、習近平共産党の思い通りに行かない事を見せつけて恥をかかせてやればいい=中国の要求に対してNOを突きつけるだけでいい。

なるほど、と頷けることが多々あります。
強大な国が力で周辺国を押さえつけようとすれば、小国が団結して結果として大国が敗北する。
革新的な技術は革新的ゆえに使い方が分からず、保守的な組織(軍隊)によって排除される。
確かにその通りです。
ですが、唯一納得がいかないのが海軍戦略についてです。
要約すれば「現代において水上艦艇は全て潜水艦の標的でしかないのだから、観艦式などで並べて見せる外交用でしかなく実用的には全くの無駄」。
これはミサイル万能主義に通じる極論です。
例えば潜水艦だけではP-3、P-1、P-8、SH-60Kといった「空からの対潜戦」に対抗できません。
水中から対空監視レーダーを使う事も、可視光で監視する事も出来ず、浮上すればその時点で哨戒機や水上艦艇のレーダーに捕捉される可能性が極めて高い。潜水艦発射対空ミサイルはドイツで開発中だが、いずれにせよそれを発射すればその時点で潜水艦の所在地を暴露してしまう。
従って潜水艦が安全に行動するには敵哨戒機を排除する必要があり、その為には対空能力が高い水上艦艇が必要であり、更に水上艦艇を守るためには高いセンサー能力を持つ早期警戒機・哨戒機・また制空能力が高い固定翼戦闘機が必要になります。
水上艦艇、潜水艦、航空戦力は全て相互に補い合っています。
また空母不要論じみた事も書いていますが、空母の役目は洋上での制空権(航空支配)確保と、何よりも内陸への戦力投射です。
ルトワックが本書中で称揚している大まかな基地ではなく基地の中の特定の施設を狙った「精密爆撃」、そのプラットフォームが空母です。
空軍が進出するには近隣の国と協定を結び基地を借りる必要がありますが、公海上に浮かぶ空母ならそんな必要は無く、迅速に戦力を投射でき、それこそが空母保有国の国際社会に対するプレゼンスとなっているのです。

ルトワックの言うように潜水艦が最強だからと言って潜水艦だけで海軍を構築したとしましょう。
それはチョキしか出せないジャンケンであり、敵は安全な上空から潜水艦を探して対潜爆弾や航空魚雷をばら撒いていればいい。
1000メートル近い深海で息を潜めていれば見つかる可能性は低いでしょうが、それをやるのは核抑止を担うSSBNのみであり、核戦力はおいそれと使うわけにはいきません。また攻撃型潜水艦は誤射を防ぐために襲撃前に潜望鏡で標的を確認するのが基本ですから、必ず哨戒機が探知できる深度まで浮上する事になります。

ルトワックは確かに華々しい経歴を持ち、連邦政府機関に雇用されるほどの人物ではありますが、当の機関は中国を「外交というものをそもそも理解していない」とするルトワックと「100年の計で物事を進める凄まじい戦略家である」ピルズベリーの両名を雇用してもいます。
「権威ある学者がこう言っているから中国は脅威ではない」と鵜呑みにするのは間違いで、あくまで学者による分析の一つとして参考にすべきです。