ロシア、日本との平和条約交渉打ち切りへ 「反ロシアの選択をした」:朝日新聞デジタル


ロシア、日本との平和条約交渉打ち切りへ 「反ロシアの選択をした」 [ウクライナ情勢]:朝日新聞デジタル



ロシア、日本との平和条約交渉打ち切りへ 「反ロシアの選択をした」
2022/3/22 1:05
 

佐藤優
(作家・元外務省主任分析官)
2022年3月23日11時51分 投稿
【解説】 ロシア外務省の声明には、今後の日ロ関係改善を完全には閉ざさないようにする「仕掛け」が含まれています。声明では、<ロシア側が現在の条件において、公然たる非友好的立場をとり、わが国の利益を侵害しようと意図している国家と二国間関係の基本的関係についての文書に署名する議論をすることが不可能であると認識し、平和条約に関する日本との交渉を継続することを望まない>と述べています。  興味深いのはこの声明でロシアが「現在の条件において(v nyneshonikh usloviyakh ヴ・ヌィネシュニフ・ウスロヴィヤフ)」と述べていることです。「現在の条件において」とは、裏返していうならば条件が変化すれば平和条約交渉の席にロシアが再び戻るというニュアンスがあります。このシグナルを正確に読み取り、日本側から平和条約交渉を拒否しないことが重要です。日本側からも平和条約交渉を打ち切ると、ロシアと日本の関係は、武力衝突のリスクを含め緊張することになります。現在は戦争中なのでロシアの政治エリートは興奮状態に置かれています。ウクライナでの戦争が終結したところでロシアは国際関係を再度見直すので、その際に平和条約交渉再開に向けた外交戦略を日本は今から周到に練っておく必要があります。  さらに興味深いのは、この声明に書かれていない事柄です。  北方領土への元島民の墓参は停止の対象に含まれていません。  また、漁協関係の日本との合意をロシアは停止するといっていません。日ロ政府間の漁業協定とした重要なのは、ロシア系さけ・ますにに関する協定です。日ソ漁業協力協定(正式名称は「漁業の分野における協力に関する日本国政府ソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」)及び日ソ地先沖合漁業協定(正式名称は「日本国政府ソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定」)に基づき、「日本200海里水域」及び「ロシア200海里水域」における日本漁船の漁獲量等の操業条件に関して、毎年、日ロ両国政府は協議を行っています。また民間協定ですが、日ロ貝殻島昆布採取協定(歯舞群島貝殻島周辺における日本漁船の昆布操業)もあります。これらの協定についてロシア外務省の声明が言及していないことは、ここについては日ロ関係を悪化させる意図はないというロシアからのシグナルの可能性があります。東西冷戦時代、日ソ関係が険悪な時期においても、両国は漁業関係だけは維持していました。  漁業においても日ロの協力関係が停止すると北方四島周辺やオホーツク海で日ロの緊張が急速に高まり、偶発的な武力衝突が起きる危険が高まります。

 

 

 

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モスクワで2022年3月18日、ロシアがウクライナ南部クリミア半島の併合を一方的に宣言してから8年で開かれた記念コンサートで演説するプーチン大統領=AP
 
テーマ特集:ウクライナ情勢

ロシア、日本との平和条約交渉打ち切りへ 「反ロシアの選択をした」
2022/3/22 1:05
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 ロシア外務省は21日、日本との北方領土問題を含む平和条約交渉について「継続する意思はない」とする声明を発表した。日本側の「我が国に損害をもたらそうとするあからさまな立場」から国家間の基本に関わる文書について協議することは不可能だとした。

 ウクライナ侵攻を理由とした対ロ制裁に対する報復措置とみられる。

ロシア外務省声明「日本との対話から離脱する」
 声明はさらに両国の合意にも…
 
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佐藤優
(作家・元外務省主任分析官)
2022年3月23日11時51分 投稿
【解説】 ロシア外務省の声明には、今後の日ロ関係改善を完全には閉ざさないようにする「仕掛け」が含まれています。声明では、<ロシア側が現在の条件において、公然たる非友好的立場をとり、わが国の利益を侵害しようと意図している国家と二国間関係の基本的関係についての文書に署名する議論をすることが不可能であると認識し、平和条約に関する日本との交渉を継続することを望まない>と述べています。  興味深いのはこの声明でロシアが「現在の条件において(v nyneshonikh usloviyakh ヴ・ヌィネシュニフ・ウスロヴィヤフ)」と述べていることです。「現在の条件において」とは、裏返していうならば条件が変化すれば平和条約交渉の席にロシアが再び戻るというニュアンスがあります。このシグナルを正確に読み取り、日本側から平和条約交渉を拒否しないことが重要です。日本側からも平和条約交渉を打ち切ると、ロシアと日本の関係は、武力衝突のリスクを含め緊張することになります。現在は戦争中なのでロシアの政治エリートは興奮状態に置かれています。ウクライナでの戦争が終結したところでロシアは国際関係を再度見直すので、その際に平和条約交渉再開に向けた外交戦略を日本は今から周到に練っておく必要があります。  さらに興味深いのは、この声明に書かれていない事柄です。  北方領土への元島民の墓参は停止の対象に含まれていません。  また、漁協関係の日本との合意をロシアは停止するといっていません。日ロ政府間の漁業協定とした重要なのは、ロシア系さけ・ますにに関する協定です。日ソ漁業協力協定(正式名称は「漁業の分野における協力に関する日本国政府ソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の協定」)及び日ソ地先沖合漁業協定(正式名称は「日本国政府ソヴィエト社会主義共和国連邦政府との間の両国の地先沖合における漁業の分野の相互の関係に関する協定」)に基づき、「日本200海里水域」及び「ロシア200海里水域」における日本漁船の漁獲量等の操業条件に関して、毎年、日ロ両国政府は協議を行っています。また民間協定ですが、日ロ貝殻島昆布採取協定(歯舞群島貝殻島周辺における日本漁船の昆布操業)もあります。これらの協定についてロシア外務省の声明が言及していないことは、ここについては日ロ関係を悪化させる意図はないというロシアからのシグナルの可能性があります。東西冷戦時代、日ソ関係が険悪な時期においても、両国は漁業関係だけは維持していました。  漁業においても日ロの協力関係が停止すると北方四島周辺やオホーツク海で日ロの緊張が急速に高まり、偶発的な武力衝突が起きる危険が高まります。

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藤田直央
朝日新聞編集委員=政治、外交、憲法
2022年3月22日7時16分 投稿
【解説】日本との平和条約交渉を「継続する意思はない」というロシア外務省の声明は、ロシアの前身のソ連と米国が対立した冷戦期、あるいはそれ以上の厳しさに陥った日ロ関係の厳しい現実を認識させます。  かつて日本とソ連の間で、平和条約締結への最大のハードルである北方領土問題についてまともに話し合う首脳会談が開かれたのは、1956年の国交正常化から91年のソ連崩壊までにたった三回。しかも日米安保条約改定の翌61年にはソ連が日本に「領土問題は解決済み」と伝えるという厳しさでした。  冷戦終結後、ロシアとの間では1993年の首脳会談で、北方四島の問題を解決して平和条約を早く結ぶよう交渉を続けることで合意しました。そこからも交渉は難航し、最近では安倍首相がプーチン大統領と27回にわたる会談を重ね、それは2014年のロシアのクリミア侵攻後も続きましたが実りませんでした。  今回のウクライナ侵攻で欧米はロシアへの批判を強め、日本も岸田首相が24日のG7首脳会合に向かうなど足並みをそろえる中で、日ロ関係の悪化は避けられませんでした。ロシアが武力でウクライナの領土の一体性を侵す国際法違反を展開する中で、そもそも日本の側からも、妥協が迫られる北方領土交渉を持ちかける環境ではなくなっています。  それでも、ここからさらに日ロ関係が緊張する事態に陥っていいのかという問題があります。ロシア(旧ソ連)と中国の隣国である日本にとって、両国と同時に対立する事態を避けることは戦後外交の要諦であり、その必要性は近年の中国の軍事大国化でさらに高まっています。冷戦期でも中ソが対立していて日米が中国に接近できたような状況でもありません。  いま同盟国米国の目が欧州の側からロシアへと向かざるを得ない中で、日本がウクライナ危機の克服と自国の安全保障という連立方程式を、緊張の連鎖を招かぬよう解くことができるか。日ロ関係にとどまらない戦後日本外交の試練と言えます。